デルマニアのブログ

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遺伝性血管性浮腫、長期予防薬でQOL改善へ 急性期の重症化予防から長期の発作抑制に転換

 遺伝性血管性浮腫(HAE)は頭部(まぶた、眼の周囲、唇など)、手足、腹部などに突発的な浮腫の発作(血管性浮腫)が繰り返し起きる、5万人に1人の頻度で生じるまれな疾患である。発作は1~2日をピークとして1週間ほどで消失するが、喉頭や気管の発作では窒息死するケースもある。近年、HAEに対する長期予防薬がたて続けに発売され、患者のQOL改善が期待されるようになった。それに伴って治療戦略が、従来の急性期における重症化予防から、長期にわたる発作抑制へと大きく変化しているという。HAEガイドライン改訂に長年携わってきた九州大学病院別府病院病院長の堀内孝彦氏に、HAE診療のポイントや課題、さらには長期予防薬の登場により変化するHAE診療の展望について聞いた。

診断のポイントは家族歴、一方で家族歴のない孤発性にも注意

 HAEの発作は精神的、肉体的なストレス、手術や抜歯などの外傷をきっかけに生じる。常に発作や重症化の危険性があることから早期診断が重要だが、認知度の低さから誤診されやすく確定診断に至り難い。特に腹部の発作では激しい腹痛を伴うことから、急性腹症として開腹される場合や、女性では子宮内膜症などの婦人科系疾患に誤診される場合が少なくなく、現状では診断までに平均15~16年を要しているとされる。HAEでは早期診断が大きな課題である。

 初期診断において重要なのが、アレルギー性血管性浮腫との鑑別である。アレルギー性血管性浮腫は血管性浮腫の原因として最も多く、蕁麻疹や痒みの出現、アレルギー素因、抗ヒスタミン薬に反応性を有することが診断根拠となる。また、HAEは50%の確率で遺伝するため、同様の症状を持つ血縁者が存在する場合が少なくない。堀内氏は「家族歴の存在は診断のポイントである」と指摘する。その一方で、「HAE患者の4分の1がその患者から遺伝子異常が発生するため、孤発性である。家族歴がないからといってHAEは否定できない」と注意を喚起した。

早期診断にはC4濃度の測定が有用

 HAEの病態の中心は、カリクレイン(酵素)により産生されるブラジキニンとされる。ブラジキニンが受容体に結合すると血管内皮細胞は収縮し、細胞間に隙間が生じ水分が皮膚組織へ流出する()。HAEの病型には1~3型があり、患者の大半を占める1、2型ではC1インヒビター(C1-INH)の機能が低下し、ブラジキニンの過剰な産生が見られるという。患者は常に発作の前段階で踏みとどまっている状態であり、ストレスや外傷などがトリガーとなって、しばしばその均衡が破綻し、浮腫発作が引き起こされると考えられている。

図. ブラジキニン産生カスケードとHAEの病態および長期予防薬の作用点

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(『遺伝性血管性浮腫(HAE)診療ガイドライン 改訂2019年版』より堀内孝彦氏作図)

 本来、C1-INHは補体系において補体C1の活性化を抑制し補体C4の消費を防ぐため、C1-INHの機能低下によって血液中のC4濃度は低下する。堀内氏は「発作の有無にかかわらず98%のHAE患者でC4濃度は低下しているとされており、HAEの早期診断には補体検査が有用である」と述べた。ただし、C1-INHに異常がない3型や補体値を正確に測定できない1歳未満では遺伝子検査が必要となる。小児の診断時期について、同氏は「小児は浮腫により窒息しやすいため、両親のうちどちらかがHAEの場合には、発作が起き始める5~6歳までにはHAEの検査を行うことが望ましい」と早期診断を推奨した。

世界の流れは長期予防薬による発作の完全制御

 これまで、HAEの治療薬は急性発作時の治療薬であるブラジキニンB2受容体拮抗薬イカチバント(商品名フィラジル)と短期予防薬としても使用可能なC1-INH製剤(商品名ベリナート)であったが、長期予防薬として2021年4月には経口薬のベロトラルスタット(商品名オラデオ)、2022年5月には皮下注射のラナデルマブ(商品名タクザイロ)、そして11月には同じく皮下注射のC1-INH製剤(商品名ベリナート2000)が発売された。ベロトラルスタットとラナデルマブはカリクレイン阻害薬、ベリナートはC1-INH補充薬であり、それぞれ作用機序が異なる(

 これらの長期予防薬により患者QOLが大きく改善し、HAEの治療方針はこれまでの発作時における重症化予防から、長期間にわたる発作抑制へと変化しているという。日本補体学会の『遺伝性血管性浮腫(HAE)診療ガイドライン 改訂2019年版』も堀内氏の主導の下、長期予防薬の登場を踏まえた改訂作業が行われており、今年(2023年)の前半には改訂版が発行される予定である。

 長期予防薬の登場を踏まえて、2022年に発表された『世界アレルギー機構(WAO)/欧州アレルギー臨床免疫学会(EAACI)のHAEガイドライン』では、全ての患者で発作を完全に制御するという先進的な目標が掲げられた。しかしながら、長期予防薬はいずれも極めて高価であり、また使用経験もいまだ限られていることから、「わが国おける長期予防薬の位置付けについてはさらなる議論が必要である」と指摘した。

2~3割にとどまる日本の診断率

 欧米ではHAE専門の診療センターや登録レジストリが充実しているのに対し、日本では診療体制を改善する余地も大きく、HAEの診断率は2~3割にとどまると推測されている。堀内氏は「救急搬送時に救急医がHAE患者を診療できない場合もあり、欧米と同様に専門組織による診断、コンサルテーションそしてフォローを受けられる仕組みが必要である」とセンター化の重要性を強調した。

 同氏が代表理事を務める『遺伝性血管性浮腫(HAE)診断コンソーシアム(DISCOVERY)』は、HAEの早期診断に焦点を当てたセンター化の取り組みの1つであり、製薬会社、アカデミア、HAEの専門医、患者会が協働し、HAE診断率の向上を目的としてさまざまな活動を行っている。医師間のコンサルテーションや患者会での啓発活動の他、レセプト情報から人工知能(AI)を用いてHAEを診断するシステムの開発などの新しい試みも行われているという。

1、2型だけでなく3型に光を当てる

 堀内氏は2011年にNPO法人血管性浮腫情報センター『CREATE』を立ち上げ、HAE患者の登録、研究および啓発活動を行っている。CREATEでは1、2型だけでなく3型の啓発にも注力しており、アジアで初めて遺伝子異常を持つ3型の家系を発見した。現在、1、2型については診断法と治療法が確立されつつあるが、3型は検査方法がないため発見が難しく、治療薬についても効果は不明であるという。同氏は「今後は3型の患者にも光を当て、診断法、治療法を確立しなくてはならない」と強調した。

 昨今は希少疾患への注目が高まっており、治療薬の開発も進み充実していくと考えられる。同氏は「HAEは診療体制の確立に向け環境が整ってきている。これからわれわれがすべき仕事は、まだ治療を受けられていない患者を早期に診断し、適切な治療に導くことである」と展望し、「そのためにぜひ、HAEという疾患の存在と治療の進歩があることを知っておいていただきたい」と訴えた。