デルマニアのブログ

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北米中心に広がるXBB.1.5、「中和抗体、ほぼ効果発揮せず」

日本での置き換わりは?感染研・鈴木氏は慎重な見解

 

 新型コロナウイルス感染症への対応が始まってから、丸3年が経過した。新型コロナワクチンの接種や経口治療薬の開発が進んだ今も、予断を許さない状況が続いている。日本国内においてはオミクロン株の亜系統であるBA.5が主流となって半年以上経つが、北米を中心に広がりを見せているのが、新たな亜系統「XBB.1.5」だ。

 米・CDC(米疾病対策センター)は2023年1月7日、アメリカ国内の新型コロナ感染の27.6%はXBB.1.5によるものであるとの推定値を公表。2022年12月3日時点ではXBB.1.5が占める割合が2.3%であったことを踏まえれば、XBB.1.5は比較的早いスピードで広がっていることが分かる。

 従来株、アルファ株、デルタ株、そしてオミクロン株のBA.1、BA.2、BA.5と日本国内の主要な株もこれまで移り変わりを続けてきた。今後、日本においてもXBB.1.5が主流となるのか。XBB.1.5の特徴はどのようなものか。疫学の専門家である国立感染症研究所感染症疫学センター長の鈴木基氏と、ウイルス学の専門家である東京大学医科学研究所教授の佐藤佳氏に話を聞いた。

 鈴木氏はXBB.1.5が他の亜系統よりも「感染・伝播性の面で優越性を持っていることは確かだろう」としつつ、日本国内でも急速な感染拡大の原因になるかどうかについては慎重な見解を提示する。また、佐藤氏はハムスターなどを用いた実験結果を基に「中和抗体はほぼ効果を発揮しない」と指摘。「感染予防についてはワクチンではなく他の感染対策に頼るべきフェーズに入っているのかもしれない」と語る。

日本もXBB.1.5へ置き換わり?鈴木氏「分からない」

国立感染症研究所感染症疫学センター長の鈴木基氏

 現在、日本国内で主流となっているのはオミクロン株のBA.5だ。少しずつ全体に占める割合が増加しているBQ.1やその他のBA.2.75、XBB系統も全てオミクロン株の亜系統に位置付けられる。

 こうした前提を踏まえ、感染研の鈴木氏は足元の感染状況について「いま国内で流行している主な変異株は全てオミクロン株であり、感染・伝播性、重症度という意味で基本的な性状は似通っている。そして、国民の大多数がワクチン接種や既感染によって一定の免疫を獲得している。こうした要因から、複数の亜系統が同時並行で流行する状態が続いている」と分析する。

 鈴木氏が2022年12月28日の厚労省新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードに提出した資料によると、12月末時点の日本国内では50%がBA.5、34%がBQ.1、15%がBA.2.75であると推定されており、XBB系統が占める割合はわずか1%だ。

 鈴木氏はXBB系統について「現時点で言えることには限りがある」と前置きした上で、「XBB.1.5が年末にかけての北米の流行拡大に影響を与えていること、先行して広がった亜系統よりも感染・伝播性の面で優越性を持っていることは確かだろう」と語る。ただし、日本などアメリカ以外の国々で同様な置き換わりが進むかどうかについては「分からない」と言う。

 「XBB.1.5については、欧米のメディアも非常にドラスティックな変化だとして報じている側面がある。しかし、アメリカ国内を見れば、東部ではXBB.1.5が大半を占める地域もあるが、そうではない地域もある。年末年始にかけて人々の行動が活発化したことに伴う感染拡大であると分析する専門家もいるため、現時点でこの亜系統だけが拡大の原因であると断定することは難しい」(鈴木氏)

  ウイルスの変異そのものを分析したプレプリントでは、XBB.1.5は免疫逃避が強く、ワクチンや抗体治療薬の効果が減弱する可能性も指摘されている。ただし、鈴木氏は「人工的なウイルスやハムスターを使った試験において出た結果が、必ずしも実際の人間社会での流行状態に反映されるわけではない。集団の獲得免疫の状況などにもよるので、ウイルスの変異による影響が、感染者数の変化という形で現れるとは限らない」と慎重な見解を示した。

 ここまでは科学的なデータを基に現時点で確かと言えることの紹介だ。鈴木氏は同時に公衆衛生的な視点から、危機管理の一環として次のように語る。

 「日本では予想されていた通り、年末年始に新型コロナの流行が拡大している。BA.5が半数程度を占める状況の中、非常に多くの感染者が確認され、1日当たりの死亡者は最多を更新し続けている。ここにさらにXBB.1.5が加われば、現在の感染拡大の規模が継続あるいはさらに拡大する可能性もある」

XBB系統、中和抗体への抵抗性高い研究結果も

東京大学医科学研究所教授の佐藤佳氏(提供写真)

 XBB系統については東大医科研教授の佐藤氏が中心となって研究を行う「G2P-Japan」が性質について分析し、結果をプレプリントとして発表している(詳細は『Virological characteristics of the SARS-CoV-2 XBB variant derived from recombination of two Omicron subvariants』を参照)。

 同グループは、ワクチン接種後にBA.5やBA.2に感染した人の血液を用いて、作成したXBB.1の特徴を持つ人工的なウイルスに対するブレイクスルー血清の中和抗体のはたらきを調べる実験や、感染した人のウイルスをハムスターに感染させる実験などを実施。その結果、XBB.1について下記のようなポイントが明らかとなっている。

・XBB.1の特徴を持つ人工的なウイルスへの中和抗体の抵抗性は、BA.5ブレイクスルー血清に対し13倍、BA.2ブレイクスルー血清に対し30倍。
・XBB.1の融合力はBA.2.75よりも2.2倍高い。
・XBB.1の病原性は、その先祖の片割れであるBA.2.75と同程度もしくはそれよりも低い。

 佐藤氏はこの論文の結果を基に「XBB.1の免疫逃避は、これまで分析を行った変異株の中で最も強い。中和抗体の効きづらさは感染しやすさと関連していることから、かなり感染しやすい株になっていると言える」と語る。

XBB.1.5はさらに伝播力向上との研究データも

 XBB系統は、BJ.1株とBM.1.1.1株の組み換え体だ。スパイクタンパクのレセプターバインディングドメイン(受容結合部位)にR346T、N460K、F486Sなどの変異があることが確認されている。これらの変異によって「抗原性が変わっている」と佐藤氏は説明する。

 XBB.1のin vitroの実験では、BA.2.75よりも融合力が高いことが分かったため、佐藤氏らの研究グループは当初はXBB.1は病原性も上がっているとの仮説を持っていたという。しかし、ハムスターを用いた実験では、病原性の上昇は確認されなかった。この点について佐藤氏は「XBB.1の病原性については、ハムスターが反映できていない可能性がある」とした。

 今回の佐藤氏らの研究ではXBB.1を用いて実験を行った。一方で、アメリカで感染拡大しているのはXBB.1.5となっている。XBB.1.5の性質については「研究を開始している」とした上で、「重要なのはXBB.1について我々もデータで示したように、ほぼ中和抗体は効果を発揮しないと考えられるということだ」と指摘する。

 中国の研究グループが発表したデータ(詳細は『Enhanced transmissibility of XBB.1.5 is contributed by both strong ACE2 binding and antibody evasion』を参照)では、XBB.1.5がS486Pという変異を獲得したことで、ACE2受容体との結合能が上昇していることも分かっている。「免疫逃避の強いXBB系統をベースに、XBB.1.5はさらに伝播力が向上していることも示唆される」と佐藤氏は分析する。

 佐藤氏はこの論文の結果を基に「XBB.1の免疫逃避は、これまで分析を行った変異株の中で最も強い。中和抗体の効きづらさは感染しやすさと関連していることから、かなり感染しやすい株になっていると言える」と語る。

 免疫逃避の強いウイルスが感染拡大した場合、これまでと同様にワクチンに高い感染予防効果を求めることは難しいかもしれない。佐藤氏は「そもそも何のためにワクチンを接種しているのかを改めて確認しておくべき」と問題提起する。

 「mRNAワクチンは非常に優秀だったため、重症化予防とあわせて感染予防効果が確認されていた。しかし、ウイルスが変化する中で、感染予防効果をワクチンに求めることが難しくなってきている。ブースター接種を続けることで感染を予防するという戦略は、今後は充分な効果を発揮しない可能性がある。ワクチンについては、本来の重症化予防の目的で接種を行い、感染予防についてはワクチンではなく他の感染対策に頼るべきフェーズに入っているのかもしれない。この点については、これから実験的に検証していきたいと考えている」