デルマニアのブログ

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とある皮膚科医のブログです。

GIP・GLP-1受容体の同時刺激、なぜ矛盾しない?

 グルコース依存性インスリン分泌刺激ポリペプチドGIP)とグルカゴン様ペプチド1(GLP-1)の2つの受容体に作用する初の薬剤で、2022年9月に承認されたGIP/GLP-1受容体作動薬チルゼパチド(商品名マンジャロ)。GLP-1受容体作動薬の“進化形”として関心を集めている(関連記事:チルゼパチドは従来薬上回る「強化版GLP-1薬」)。GIPとGLP-1は、いずれもインスリン分泌を促進するインクレチンとして知られるが、その作用には異なる点もある。特に、GIPはグルカゴン分泌や脂肪合成を促進するとされており、糖尿病治療においては、一見“悪者”にも思える。チルゼパチドのような薬剤では、なぜGIP受容体刺激がGLP-1受容体作動薬の作用をサポートするのだろうか。インクレチンに詳しい、医学研究所北野病院(大阪市北区)理事長(京都大学名誉教授)の稲垣暢也氏に聞いた(文中敬称略)。


 

医学研究所北野病院理事長の稲垣暢也氏

──GLP-1とGIPは、それぞれどのようなホルモンか教えてください。

稲垣 GLP-1とGIPは、栄養素の摂取に応じてそれぞれ小腸のL細胞、K細胞から分泌されるホルモンです。いずれも膵β細胞に作用してインスリン分泌を促進する働きがあることはよく知られていますが、それだけではありません(図1)。

 例えば、GLP-1は、グルカゴン分泌の抑制を介して肝臓での糖新生を抑制したりする働きがあります。また、薬理的濃度のGLP-1は食欲を低下させることにより体重を減少させたり、胃内容の排出を抑制する作用があります。一方、GIPの働きはGLP-1に似ているものも多いですが、GLP-1とは反対に、血糖を上昇させるグルカゴンの分泌を促進します。また、GIP受容体を欠損するマウスに高脂肪食を食べさせた実験では、野生型マウスと比較して体重増加や脂肪蓄積が抑制されていました。そのため、GIPは生理的には「肥満を誘導するホルモン」と考えられています。

図1 膵臓におけるGLP-1とGIPの主な生理作用(取材を基に編集部作成)

──GIP受容体を刺激することで、体重が増加したり、グルカゴンの働きにより血糖が上昇したりはしないのでしょうか。

稲垣 これもマウスでの検証になりますが、遺伝子改変によりGIPを通常の50倍ほど高く発現させたマウスでは、餌の摂取量が減少し、高脂肪食を与えても野生型マウスほど体重は増加しませんでした(Kim SJ, et al. PLoS One. 2012;7:e40156.)。従って、GIPは生理的な濃度では肥満を誘導するとされますが、薬理的な濃度まで上昇させると、反対に肥満を抑制する方向に働くと推測できます。

 また、GIP受容体作動薬、GLP-1受容体作動薬による体重への影響を、マウスで比較した実験では、両剤を同時に投与することにより顕著な体重減少が確認されました(Killion EA, et al. Nat Commun. 2020;11:4981.)。注目すべきは、GIP受容体作動薬単独ではほとんど体重減少を示さなかったのに対し、両剤同時投与により、GLP-1受容体作動薬単独の体重減少効果を大幅に上回ったことです。つまり、薬理的レベルのGIPとGLP-1で同時に刺激すると、相乗的な効果が得られると解釈できます。

 実際、2022年9月に承認されたチルゼパチドも、既存のGLP-1受容体作動薬より強い血糖降下・体重減少作用を示しています。また、GIPは生理的にはグルカゴン分泌を促進しますが、チルゼパチドはむしろ、血中グルカゴン濃度を減少させるとの報告もあります。食後グルカゴン濃度にいたっては、チルゼパチド群はセマグルチド群よりも有意な減少を示しています。しかし、なぜGIP受容体とGLP-1受容体を同時に刺激することにより、このような効果がヒトで得られるのか、詳しいメカニズムは今のところ明らかになっていません。

──GIP/GLP-1受容体作動薬だけでなく、グルカゴン/GLP-1受容体作動薬、グルカゴン/GIP/GLP-1受容体作動薬も開発されています。GLP-1受容体とグルカゴン受容体を同時に刺激する利点は何でしょうか。

稲垣 グルカゴンは血糖を上昇させる働きがあり、インスリンとは正反対のホルモンだと、教科書には書かれています。しかし、グルカゴンの作用は非常に多岐にわたり、GLP-1と同様、インスリン分泌を促進したり、食欲を抑制したりもします。また脂肪の分解を促進する作用があることも分かっています(表1)。

表1 グルカゴンの主な生理作用(取材を基に編集部作成)

 GLP-1受容体と同時にグルカゴン受容体を刺激すると、いずれのホルモンもインスリン分泌を促進する作用がありますから、グルカゴンによる血糖上昇作用はマスクされ、むしろ血糖は低下すると考えられます。実際、グルカゴン/GLP-1受容体作動薬として開発されているcotadutideは第2b相試験において、100~300μg群でリラグルチド1.8mg群と同等の血糖降下作用に加え、300μg群ではリラグルチドよりも強い体重減少作用を示しています(Nahra R, et al. Diabetes care. 2021;44:1433-42.)(関連記事:GLP-1/グルカゴン共作動薬、血糖、体重、肝機能を改善)。さらに、cotadutideはASTやALT、FIB-4 indexなど、肝機能、肝線維化に関連するパラメーターも改善していました。このような肝臓への作用は、GLP-1受容体よりもむしろ、グルカゴン受容体の刺激に由来している可能性があります。

 一般にはグルカゴンは血糖を上昇させるホルモンとして知られていますから、10年ほど前までは「グルカゴン受容体拮抗薬」が開発されていました。しかし、結果は芳しくなく、現在の開発の方向性としては、GLP-1受容体やGIP受容体と併せて、グルカゴン受容体を刺激するのが主流になっています。