デルマニアのブログ

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がん光免疫療法、症例数が伸び悩む一方で光明も

 臨床応用が始まる前から、「次世代のがん治療」として米国のバラク・オバマ大統領(当時)が一般教書演説で取り上げるなど、大きな期待を集めてきたがん光免疫療法(近赤外線免疫療法、アルミノックス治療とも)。2020年9月に世界に先駆けて日本で薬事承認を取得、2021年1月には「切除不能な局所進行または局所再発の頭頸部癌」に対する治療が保険適用された。それから2年が経過したが実施症例数は全国で100例前後にとどまるとみられる。治療件数が伸び悩む原因は何か。


 

「これまでに光免疫療法を2人の患者に行った」と話す、関西医科大学の藤澤琢郎氏。

 「頭頸部癌に対する光免疫療法をこれまで2人の患者に5回ほど実施した。1人では期待した成果が得られたが、1人は再発しており、治療を継続している」。こう語るのは関西医科大学耳鼻咽喉科・頭頸部外科学講座講師の藤澤琢郎氏だ。

 同大学はこの治療法が保険収載されて間もない2021年4月に「光免疫療法センター」を附属病院に設立、さらに2022年4月には治療デバイスの改良や症例の病理解析などを目的に、世界に先駆けて「光免疫医学研究所」を開設している。日本人研究者のために国内の拠点を探していた同治療の開発者である米国立がん研究所(NCI)の小林久隆氏と、この治療の将来性に着目した関西医科大学との思惑が一致した結果といわれている。

 国内の中核拠点である関西医科大学でも患者数が2人という状況について、藤澤氏は「患者の利益を最優先に考えて、他の治療選択肢とも比較した上で治療法を決定しているため、光免疫療法といえどもなかなか症例を増やすことができない」と語る。頭頸部癌の一次治療は基本的に外科治療と放射線治療。光免疫療法はあくまでセカンドライン以降の治療法である上、薬物療法も含めて様々な選択肢がある中からこの新規治療を選ぶのには慎重さが求められるようだ。

 光免疫療法は手術、薬物療法放射線治療、免疫療法に続く「がん治療の5本柱」となることが期待されている。光免疫療法が承認されているのは日本のみだが、開発者の小林氏は「適応が限られていても実臨床の段階に進んだのは、臨床試験段階とは大きな違いがある。米国でも臨床試験が行われているが、実臨床から得られるデータは非常に貴重だ」と国内での症例集積に期待を表明している(関連記事:小林氏インタビュー「日本の技術と融合し光免疫療法の適応拡大を目指す」)。治療機器や治療薬の製造販売を行う楽天メディカルは2022年12月のプレスリリースで、2023年の春には40都道府県100施設以上で光免疫療法が可能になると公表した。しかし、2021年1月の保険適用以降、この治療法が行われた症例は全国で100例程度にとどまるとみられる。環境が整いつつある一方、症例数が伸び悩む原因はどこにあるのだろうか。

適応の解釈をめぐる外科医の解釈が一因

 東京医科大学耳鼻咽喉科・頭部外科学は、光免疫療法に積極的な診療科として日本でも屈指の存在だ。保険収載された1週間後には最初の治療を実施したほどだったが、これまでの治療例は16人で、回数は33サイクルにとどまる。症例数が伸びない理由の一つとして、同科准教授で日本頭頸部外科学会頭頸部アルミノックス治療運営委員の岡本伊作氏は、「適応として示されている『切除不能』の意味が曖昧で、厳しく絞りすぎている点が挙げられるのではないか」と語る。

 癌治療に携わる外科医は、できる限り手術を実施して、患者の長期生存を目指そうとするもの。切除不能かどうかは外科医の経験や力量による面も少なくない。「最後の最後の手段」というイメージが光免疫療法の実施をためらわせる一因でないかと岡本氏は見る。「光免疫療法は、低侵襲であることから患者のQOL向上に資する可能性が大きい。そのため患者のQOLを考慮して適応の解釈を柔軟にすべきではないか。そうなれば実施症例も増えてくる」と同氏は続ける。

現状では高い再発率だが

「患者のQOLを考慮して光免疫療法の適応をより柔軟にすれば、実施件数は伸びるだろう」と語る、東京医科大学の岡本伊作氏。

 治療の最終段階で実施されるケースが多いこともあり、光免疫療法の治療成績もまだ満足のいくものではないようだ。最新の治療成績は2023年6月の日本頭頸部癌学会などで共有される見通しだが、関西医科大学では2症例のうち1症例が再発した。東京医科大学の岡本氏も「現状ではおよそ8割が再発している」と話す。

 しかし、だからといってこの治療に将来がないわけではない。末期癌にもかかわらず完全奏効や長期生存例を生み出している免疫チェックポイント阻害薬も、臨床応用が始まった当初は期待通りの成績を上げられないでいた。それが、症例を蓄積するにつれ、より効果的で安全な治療が可能になった。

 光免疫療法の治療成績を飛躍させるカギを握ると期待されている要素が「患者自身の免疫」だ。小林氏は、近赤外光によって破壊した癌細胞内部から流出した成分が癌抗原として周囲の免疫細胞を活性化し、残った癌細胞を攻撃する「宿主抗腫瘍免疫の増強効果」を期待する。光照射を行った患者にしばらくたってから新たな腫瘍縮小が観察されるといった現象が起きれば、宿主抗腫瘍免疫の増強を裏付けることなるが、岡本氏によれば「そのような現象は今のところ経験していない」とのこと。しかし、免疫が重要なピースになることには賛同する。「光免疫療法の後に再び癌が増殖してきた患者に、免疫チェックポイント阻害薬を使用したところ、効果が認められた症例がある」と岡本氏は語る。

免疫併用療法が奏効すれば治療アルゴリズムが変わる

 基礎研究者である小林氏も、光免疫療法と併用できる免疫療法をマウスで検討している。癌細胞を攻撃する抗腫瘍免疫を持続的に発動できれば、進行癌でも治癒できるというもくろみだ。しかし、腫瘍抗原が血液中にばら撒かれたとしてもすぐに免疫反応が発動するわけではない。

 近年は制御性T細胞(Treg細胞)や骨髄由来抑制細胞(MDSC)などの抗腫瘍免疫の足を引っ張る仕組みの存在が次々と明るみに出ている。癌抗原に対して活性化した腫瘍浸潤リンパ球(TIL)などの鎮静化を促す細胞群が存在するわけだ。小林氏はこうした免疫抑制に働く細胞を除去する抗体の作成や、免疫抑制細胞の働きを低下させるサイトカインなどの併用に期待をかける。そうした一部の抗体などについて、米国での臨床試験も申請しているとのことだ。岡本氏は「光免疫療法と免疫療法との併用には大いに期待している。もしそのような治療が可能になれば、頭頸部癌治療のアルゴリズムも変わることになるだろう」と語る。

写真1 光免疫療法の実施中の様子(提供:岡本氏)
咽頭癌の再発病変(組織内病変)の治療のため、腫瘍内に留置した専用ニードルカテーテルにシリンドリカルディフューザーを挿入(左)。ディフューザーから光を照射する(右)。

先行施設が改良点を模索中

 症例数を見れば、光免疫療法がいまだ発展途上の治療であることは否めない。保険診療として開始されてはいるものの、治療が適した患者の選別には、当分の間、試行錯誤が続きそうだ。

 だが、制約が大きくある中でも、治療法の改良に向けた動きは止まっていない。岡本氏は、「腫瘍組織への照射量を増やすことで再発率は低下するのかということも含め、最適な照射条件を探索しているところだ」と明かす。腫瘍に的確に照射するため、死角を作りにくいレーザーカテーテルの開発に加えて、腫瘍により密接できるようなカテーテルの操作手技を開発中だという。また、治療実施患者の10%程度に出現している光過敏症のリスクを減らす試みも「臨床現場で試行錯誤すべきテーマになる」と岡本氏は指摘する。

 「近年、新たな治療法が一気に登場してきた頭頸部癌の治療については、手術、薬物療法放射線治療、免疫療法、光免疫療法のどれかに偏るのではなく、患者の生存期間の改善のために、それぞれの治療法の最適な組み合わせを求めることが何よりも重要。光免疫療法を新規に導入する施設が、よりスムーズに実臨床に落とし込めるように詳細な検討を重ねておくことも、先行した我々のような施設のミッションだ」(岡本氏)。

 過去20年にわたって局所進行頭頸部癌の治療では、抗癌薬のシスプラチンと放射線治療を併用する「ケモラジ療法」が標準治療であり続けている。光免疫療法がケモラジ療法に取って代わること自体は容易ではなく、それには光免疫療法と免疫療法などの組み合わせによる治療成績が、ケモラジ療法を比較試験で上回らないとならない。見かけ上、症例集積は伸び悩んではいるものの、国内の様々な臨床現場で改良に向けた模索が続いている光免疫療法。これこそ、一日も早く実臨床段階に進むことの重要性を説き続けた小林氏が望んだ状況なのかもしれない。