デルマニアのブログ

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重症下肢虚血の細胞治療に新たな動き

 重症下肢虚血に対する細胞治療に、新たな動きが出てきた。順天堂大学は自家末梢血単核球分画を短期間培養するプロトコールで、良好な成績を上げている。兵庫医科大学は、より強い血管新生作用を得るため、投与した細胞を局所にとどめる「足場」を併用した医師主導治験を開始した。どちらも日本医療研究開発機構(AMED)の支援を受け、実用化を目指す。


 

 虚血によって下肢に難治性の創傷や疼痛が生じ、下肢切断のリスクを伴う包括的高度慢性下肢虚血(CLTI)。正確な統計はないが、下肢閉塞性動脈疾患の推定患者数(100万人)の20~30%がCLTIとされる。血管内治療(EVT)やバイパス手術による血行再建術が第一選択の治療だが、血行再建術の適応にならない、または行っても虚血の改善が不十分というケースも少なくない。こうしたケースに対する「二の矢」として臨床研究が進んでいるのが、再生医療の一手法である細胞治療だ。

 生体内には、わずかではあるが血管内皮前駆細胞(EPC)など血管新生の機能を持つ細胞が存在している。CLTIの細胞治療では、患者自身の骨髄、末梢血、皮下脂肪組織などからそれらの細胞を収集・採取し、虚血症状のある下肢筋肉内に移植(筋注)する。その結果、血管新生が促され、虚血の改善による創傷の治癒が期待できる。

図1 MNC-QQc法による自家末梢血単核球分画を用いた細胞治療の概念図(田中氏による) 患者の末梢血から遠心分離で単核球分画を抽出し、1週間培養後に患者の下肢に注射する。

 2023年12月に沖縄県で開催された第4回日本フットケア・足病医学会年次学術集会の会長講演で、順天堂大学大学院医学研究科再生医学教授の田中里佳氏は、同氏が取り組んでいる「自己末梢血単核球生体外培養増幅」(MNC-QQc:quality and quantity cultured peripheral blood mononuclear cell)法によるCLTI治療の進捗を報告した。

 MNC-QQc法では、CLTI患者の末梢血(100~200mL)から遠心分離によって得た単核球分画を無血清で1週間培養し、EPC、M2マクロファージ、制御性T細胞を多く含む細胞集団を患者下肢に筋注する(図1)。

順天堂大学の田中里佳氏

 田中氏は「CLTIに対する細胞治療では、患者が糖尿病や透析を高率で合併しており、得られるEPCの細胞数が少なく機能も低下していることが課題だった。MNC-QQc法では、EPCだけでなくその機能を補助する細胞を一緒に投与するため、CLTI患者から得た単核球分画でも良好な血管新生作用が期待できる」と、同法の特徴を説明する。

 2014~17年に行ったCLTI 10症例を対象とした第1相試験では、全例で疼痛の改善、歩行の維持、血流の改善が得られ、下肢切断も回避された。その結果を踏まえ、4週間隔で3回投与する新たなプロトコールを作成し、2018年からCLTI 7例を対象とした第2相試験を開始した。現在、5例の投与が完了した段階で、全例で創傷は治癒し、1年以内の潰瘍の再発や下肢血管の再狭窄は発生していない。

 これらの成績を踏まえ2022年8月から、新たに医師主導の探索的試験(第1相治験)を開始した。培養法を一部変更したため細胞の名称をRE-01(自己末梢血培養単核球細胞群)に変更し、臨床試験も仕切り直しになった。対象はバージャー病または膠原病によるCLTI 3例とし、RE-01細胞を4週間隔で3回投与する。既に3例の投与は終了し、経過は良好という。

 さらに2025年にも、順天堂大学発のスタートアップ企業であるリィエイル社(本社:東京都港区)による、多施設共同第2相治験を開始する計画だ。CLTIに対する再生医療等製品として、RE-01の薬事承認を目指す。

 田中氏はリィエイル社の代表を兼務する。「我々の手法は既存の他の細胞治療と比較して、細胞の採取が外来で施行可能、患者の身体的負担が軽度、低コストといった強みがある。CLTIによって絶たれてきた、患者と社会とのつながりを再生医療の力で取り戻すことができるよう、事業化につなげたい」と抱負を語る。

細胞を局所にとどめる「足場」を開発

 一方、兵庫医科大学のグループは、自己末梢血単核球を用いた細胞治療の際に、「移植用細胞足場」(ICS:injectable cell scaffold)と細胞を混和して投与するプロトコールによる医師主導治験を開始した。ICSは文字通り、投与した細胞をその場所に長期間とどめる足場となる。

 細胞治療の効果は、投与した細胞が新生血管になる直接的な寄与よりも、細胞が分泌するサイトカインによる間接的な寄与の方が重要とされる。そのためにも、例えば下肢に筋注した細胞がその部位に長くとどまることが望ましいものの、実際にはほとんどが他部位に遊走してしまう。

兵庫医科大学の山原研一氏

 研究開発代表者である、兵庫医科大学先端医学研究所分子細胞治療部門教授の山原研一氏は、「ICSによって局所にとどまる細胞数を増やすことで、潰瘍治癒率や救肢率の上昇だけでなく、投与細胞数を減らすことによる低侵襲化も期待できる」と、研究の狙いを語る。

 用いるICSは、近畿大学教授の古薗勉氏、大阪公立大学准教授の福本真也氏らが開発した。生体吸収性高分子(主成分はポリ乳酸)でできた直径約50μmの粒子の表面に、ハイドロキシアパタイトの単結晶を吸着させた構造だ(図2A)。ポリ乳酸は吸収糸の成分であり、生体内では急性の炎症反応などは起こらず徐々に吸収される。ハイドロキシアパタイトは骨の主成分であり、組織親和性が高く医療材料としても使われている。

図2 ICSの構造と機能(山原氏による) ICSは直径50μmの球形粒子で、ポリ乳酸を主成分とするコアの表面にハイドロキシアパタイトのナノ単結晶を吸着させた構造をしている(A)。ICSは投与した部位にとどまるため、ハイドロキシアパタイトを介して吸着された細胞も遊走しにくくなる(B)。

 ICSと細胞を投与前に混和することで、ハイドロキシアパタイトと親和性の高い細胞がICSと接着する。ICSは投与部位に数カ月程度は安定的に存在することが確認されている。そのためICSに吸着された細胞も同部位にとどまり、サイトカイン分泌などの生理活性が長く続くことが期待できる。

 実験動物による検討では、ICS非存在下では1週間後の細胞残存率は10%に過ぎなかったが、ICS存在下では75%まで高まった(図2B)。また、下肢虚血モデルマウスによる検討では、ICSを用いることで下肢の壊死回避率が3倍に改善した。

 今回の治験は主に安全性を評価する探索的試験であり、対象はCLTIの6例。あらかじめ造血幹細胞動員促進薬(顆粒球コロニー形成刺激因子製剤のフィルグラスチムとCXCR4ケモカイン受容体拮抗薬のプレリキサホル)を投与した患者の自家末梢血から、アフェレーシスで単核球分画を採取し、それとICSを混和して患肢に筋注する。

 ICSは製造元であるバイオX社(本社:東京都品川区)が製品化して病院に納入し、病院内で患者から採取した細胞と混和して投与する。山原氏は、ICSのみを医療機器として開発する方針を取る。「再生医療等製品として開発すると、製品価格が高額になってしまう。CLTIを対象とした現状の細胞治療(先進医療B扱い)よりも安価な治療法にすることが目標」であるためだ。

世界に先駆けた臨床研究から20年以上経過

 実は、CLTIを対象とした細胞治療はわが国が世界に先行し、2002年には自家骨髄由来単核球を用いたTACT研究で良好な成績を報告した。自家末梢血由来単核球についても有効性が認められ、どちらも高度先進医療、先進医療と引き継がれ開発が進められたが、まだ医療保険の適用には至っていない。

 2017年から、主に下肢閉塞性動脈硬化症によるCLTIを対象に、自家末梢血由来のCD34陽性細胞を用いた米Caladrius Biosciences社(現・Lisata Therapeutics社)による探索的治験が実施された。しかし、新型コロナウイルス感染症パンデミックとも時期が重なり患者登録に時間がかかり、目標登録数に届かず終了した。有効性に関するデータは良好で安全性も確認されたが、今後の開発は検討中とのことだ。

 なぜ、開発が進まなかったのか。山原氏は、EVTの発展と普及を一因とみる。「動脈硬化症をベースとするCLTIは膝下までの比較的太い動脈に虚血の原因があり、EVTで血流を再開させることで改善が見込める。EVTの進歩によってかなり高度な虚血症例まで治療できるようになったため、細胞治療の適応となる患者が減った」(関連記事:新デバイスで膝下動脈の血管内治療に拍車、2024/05/13)。

 動脈硬化症をベースとするCLTIは、全身状態が悪く生命予後が限られる患者も多い。細胞移植から1年以上追跡され安全性も厳しく評価される治験では、こうした患者は一般に対象から外される。全身状態が良好で血行再建も可能な軽症例はEVTで治療され、残った重症例から登録できる患者は少ないというのでは、登録は進まない。また、再生医療に関連した法制度の整備により、治験実施のハードルが上がったことも挙げられる。

 しかしEVTも万能ではなく、臨床現場では効果不十分という患者に対する「次の一手」の確立が待望されている。最適な細胞源の確立、適応となる患者条件や有効性の評価指標の明確化、低コスト・低侵襲化など検討すべき課題は多いが、新たな臨床研究の展開が細胞治療の保険適用の道を開く端緒となることを期待したい。