この論文に着目した理由
アトピー性皮膚炎(AD)の疾病負荷としては、痒みや皮疹によるQOL(生活の質)の低下が注目されやすい。しかし、AD患者では炎症マーカーや血小板活性化マーカーが上昇することも知られている。この所見は静脈血栓塞栓症(VTE)の病態生理でも重要だが、ADがVTEの発症に繋がるかどうかについては一致した見解が得られていなかった。
本研究では、ADとVTEの関連について、台湾の健康保険研究データベース(National Health Insurance Research Database;NHIRD)を用いた過去起点のコホート研究が行われた。この大規模なデータベース研究により、ADとVTEの関連について有用な情報が得られるものと期待された。
私の見解
NHIRDは、台湾人の99.6%に当たる約2360万人をカバーする大規模データベースである。このうち、20歳以上の新規発症AD患者のコホートと、年齢と性別でマッチさせ、ランダムに抽出した非AD患者のコホートをそれぞれ作成した。その上で、年齢、性別、所得水準、併存疾患、治療薬を用いたプロペンシティスコアマッチングを行い、各群14万2429例ずつとした。VTE、深部静脈血栓症(DVT)、肺血栓塞栓症(PE)をアウトカムとして、非AD患者に対するAD患者のアウトカム発症のハザード比を、Cox比例ハザードモデルを用いて算出した。
主要な結果は以下の通り。
フォローアップ期間中、AD群では1066例(0.7%)、非AD群では829例(0.6%)がVTEを発症した。
血栓塞栓症発症のそれぞれのハザード比は、VTE:1.28(95%CI 1.17-1.40)、DVT:1.26(95%CI 1.14-1.40)、PE:1.30(95%CI 1.08-1.57)だった。
以上のことから、成人AD患者ではこれらの血栓塞栓症のリスクが高まることが示唆された。しかし、そもそもの血栓塞栓症の絶対リスクが小さいことから、絶対リスク差も小さいことには注意が必要である。
日常臨床への生かし方
ADを合併することによる絶対リスク差自体は小さいものの、AD患者に血栓塞栓症を示唆する臨床症状(下腿浮腫、胸痛、呼吸困難など)が認められた場合は、積極的に超音波検査や造影CTを施行することを検討してもよいだろう。また、術後や寝たきりのAD患者については、血栓塞栓症の発症について一層注意し、必要に応じて予防的な抗凝固薬の投与などを考慮してもよいかもしれない。