デルマニアのブログ

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9価HPVワクチン、6つの疑問に答えます

 2020年7月に、承認審査から5年もの歳月を経て承認された9価HPVワクチン。わが国においても子宮頸癌の原因の90%以上をカバーできると期待されているが、現時点では定期接種となっておらず、自費での接種となる。では、現時点で9価ワクチンについて患者に質問されたら、どう答えたらいいのだろうか、専門家に話を聞いた。


 

 「9価HPVワクチンの有害事象や副反応については専門家の間でも懸念されていたが、臨床試験の結果から、既存の4価ワクチンと比べても大差ないことが分かった。海外諸国に比べてわが国での承認は遅れたものの、有効性と安全性のデータがきちんとそろった上での承認となったため、待ったかいがあったと感じる」。こう話すのは、日本大学産婦人科学系産婦人科学分野主任教授の川名敬氏だ。

 2020年7月に女性を対象に承認された9価ヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンのシルガード9水性懸濁筋注シリンジ(組換え沈降9価ヒトパピローマウイルス様粒子ワクチン[酵母由来])は、4価HPVワクチン「ガーダシル」に含まれるHPV6/11/16/18型に、新たにHPV31/33/45/52/58型のVLP(ウイルス様粒子)を加えたワクチンだ(図1)。HPV6/11型は低リスク型HPVに分類され、尖圭コンジローマなどの原因となる。一方、HPV16/18/31/33/45/52/58型は高リスク型HPVで、持続感染により子宮頸癌や中咽頭癌、肛門癌などのHPV関連癌を引き起こす。

図1 9価HPVワクチンと4価HPVワクチンの比較

     

問1:既存のワクチンに比べて有効性はどれほど?

 

「9価HPVワクチンで前癌病変も含めて9割近く予防できるようになったことは、出産前の女性の健康を守る上でも重要」と語る日本大の川名敬氏。

 9価ワクチンの効果については、4価ワクチンを対照群とし、6年間の追跡調査を行った国際共同試験にて、HPV6/11/16/18型による子宮頸部の高度前癌病変および上皮内癌や外陰・膣の上皮内病変の予防において4価ワクチンと同等の効果が確認されたことに加え、HPV31/33/45/52/58型による同様の病変を97.4%減少させたことが明らかになっている(WK Huh,et al. Lancet.2017;390:2143-59.)。

 では、実際に9つのHPV型をカバーするメリットはどの程度あるのだろうか。図2昭和大学医学部産婦人科学講座講師の小貫麻美子氏らが2020年に発表した、40歳未満の日本人女性5045人の子宮頸部病変に関連するHPV型の分布だ。浸潤癌に関してはHPV31/33/45/52/58型の割合は小さいものの、前癌病変では44.3%を占めている(Onuki M,et al. Cancer Sci.2020;PMID:32372453.)。子宮頸癌は検診により前癌病変の段階で発見できたとしても、治療により早産や頸管閉鎖などのリスクが増加するため、「9価ワクチンではHPV型が増えたことにより、子宮頸癌の予防効果が増大しただけではなく、前癌病変も含めて9割近く予防できるようになった。これは出産前の女性の健康を守る意味でも重要だ」と川名氏は語る。

図2 40歳未満の日本人女性における子宮頸部病変に関連するHPV型
(Onuki M,et al. Cancer Sci.2020;PMID:32372453.を基に編集部で作成)

 これまでガーダシルと共にわが国で使用されてきた2価ワクチン(サーバリックス)で、16/18型と抗原性が類似している31/33/45/51/52型などに対する予防効果(クロスプロテクション)が確認されている。しかし、「臨床試験で確認されているクロスプロテクションの効果は5年程度とあくまで短期的なもので、長期的な効果は分からない」と川名氏は指摘する。

 なお、ワクチンによる長期的な予防効果については、9価ワクチンのフォローアップ試験にて7.6年までの効果が認められている。実際の持続効果は今後の知見を待つしかないが、4価ワクチンのフォローアップ試験では、免疫原性、予防効果ともに最長で14年間の効果が認められているため、川名氏は「9価ワクチンも同程度の効果が望めるだろう」と期待を寄せる。

 また、9価ワクチンで「ターゲットとなるHPV型を増やしたことにより、16/18型に対する効果が落ちるのではないかと懸念していたが、純粋な上乗せ効果が期待できることが分かった」と川名氏。

     

問2:副反応は他のHPVワクチンよりも増える?

 

 9価ワクチンにおける有害事象や副反応の発生頻度についてはどうだろうか。多い副反応としては注射部位の疼痛や腫脹、紅斑が挙げられ、先述の国際共同試験によると、4価ワクチンでは接種後5日以内の注射部位の副反応が84.9%だったのに対し、9価ワクチンは90.7%だった。「9価ワクチンの方が局所の副反応が若干多かったが、思っていたよりも大きな差にはならなかった」(川名氏)。

     

問3:定期接種の2価、4価の代わりに受けるべき?

 

横浜市大の宮城悦子氏は「定期接種を逃した10歳代の女性には9価ワクチンの接種を勧めている」と話す。

 現在、9価ワクチンの定期接種化については厚生労働省で検討が進められているものの、時期は未定となっており、2021年6月の時点ではワクチンの接種を希望する場合は全年齢で自費となる。金額は医療機関によって異なるが、3回で10万円程度とする医療機関が多いようだ。そんな中、日本産科婦人科学会は定期接種対象者の小学校6年~高校1年相当の女子に対して「9価ワクチンの定期接種化を待つことで定期接種の機会を逃すことのないように注意が必要」とのメッセージを2021年1月8日に出している。

 その理由を横浜市立大学医学部産婦人科学教室主任教授の宮城悦子氏は「HPVに持続感染している場合はそのHPV型に対するワクチンの効果は期待できず、性交経験がない時期にワクチンを接種することが望ましいため」と説明する。実際、子宮頸癌に対するHPVワクチンの効果が初めて確認されたスウェーデンの研究でも、年齢が低いうちに接種を受けた方が予防効果が高いことが明らかになっている。

     

問4:定期接種済みの場合は追加で受けるべき?

 

 2、4価ワクチンを接種済みの場合、子宮頸癌の原因の多くを占める16/18型に対する免疫は既に獲得されていることなどから、世界保健機関(WHO)や米国疾病予防管理センター(CDC)は9価ワクチンの追加接種を推奨していない。しかし、「安全性に関するデータも幾つか出ているため、既に感染している場合はワクチンの効果は期待できないことを理解した上で、9価ワクチンを追加接種することは問題ないと考える」と川名氏は話す。希望があれば、接種をちゅうちょする必要はなさそうだ。

     

問5:定期接種を受けていない場合は?

 

 一方、定期接種を受けていない場合はどうしたらいいだろうか。宮城氏は「定期接種を逃してしまった10歳代の女性には、積極的に9価ワクチンの接種を勧めている」と話す。定期接種を中断してしまい自己負担が不要な接種の対象年齢から外れた場合、2価または4価の残りの回数を接種するか、9価を3回打つのかは、いずれにしても任意接種のため個々の判断となる。

 また、成人女性に対する接種については、先述のスウェーデンの研究では17~30歳で接種を開始した女性でも未接種女性に比べて53%の子宮頸癌減少効果が確認されている。そのため「性交経験後であっても、ワクチンの効果が期待できる女性は存在するだろう」と川名氏。ただし、HPVは性経験のある女性では50%以上が生涯で一度は感染する一般的なウイルスであるため、性行為を始めた後の場合、早ければ早い方がよいということになる。

問6:9価ワクチンの接種は進むの?

 

 9価ワクチンは米国をはじめとする多くの国々で既に定期接種化されているが、わが国ではその議論が始まったところで、定期接種に組み入れられるかはまだ分からない。

表1 ヒトパピローマウイルス感染症の定期接種の対応について
(出典:厚生労働省HPVワクチンに関する通知・事務連絡)

 わが国では2010年からHPVワクチンの公費助成が開始されたが、接種後に原因不明の疼痛や運動障害などが報告されたことから、2013年6月、定期接種は継続するものの積極的な勧奨が差し控えられた経緯がある。そのため、公費助成導入期に接種対象だった女子では70%程度の高い接種率を有しているのに対し、2002年度以降に生まれた女子では1%を切っている。「20歳代前半の女性の中には、検診で異形成が見つかり、そのときに初めて無料でワクチンを接種できたことを知る人も少なくない」と宮城氏。

 厚労省もこうした事態を懸念し、昨年10月に各自治体に向けた通知を発出。やむを得ない場合を除き、対象者に対してHPVワクチンに関する情報をまとめたリーフレットを個別に送付するなど、希望者が接種を受けやすいよう情報提供を充実させることを求めた。医療機関においても、これまでは対象者がHPVワクチン接種のために受診した場合は積極的な勧奨を行っていないことを伝える必要があったが、その文言が削除されている(表1)。ただし、新たな方針は中立的な立場で情報を提示し、「接種を受けたい人が受けられる」環境を整えることを目的としており、「積極的勧奨はしない」方針は変わらない。

 川名氏は、「個別通知の再開により、クリニックや保健所ではHPVワクチンに関する問い合わせがかなりあるものと考えられる。しかし、『接種するなとは言わないが、推奨はしない』という国の姿勢を踏まえると、開業医もHPVワクチンを勧めにくいのではないか」と危惧する。そのため、「接種率の向上のためには、まずは積極的な勧奨の再開が望まれる」との考えだ。加えて宮城氏は、「接種の機会を逃した女子が無料でワクチンを接種できるようにするキャッチアップ接種についても、特に有効性が期待できる10歳代の女性に対しては早急に体制整備を進める必要がある」とも語る。

 9価ワクチンの世界的な供給不足の問題もある。「9価ワクチンを定期接種に組み入れる国が増えたことにより、世界中で取り合いの状況が生じている。その中で、HPVワクチン接種率が著しく低いわが国では、必要量のワクチンを確保できない可能性がある」と宮城氏は指摘する。川名氏も「まずは4価ワクチンの接種率を上げないことには9価ワクチンの定期接種化は難しいのではないか」と話す。